街探検・仙台七坂を巡る・その6、石名坂

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仙台七坂を巡る6回目は「石名坂」です。愛宕大橋の交差点から河原町を通って広瀬橋へと続く旧国道4号線は2016年に愛称として「昭和市電通り」と名付けられました。昭和51年(1976)に廃止されるまで市電が走っていた道路ですが、七郷堀と交差する場所の手前に北へ入る道があります。白亜の大きなマンションの横の道路が「石名坂」です。

さっそく北へ向かって歩いて行きましょう。坂の入り口付近は多少の傾斜がありましたが、その後は、ほとんど坂道とは思えないような緩やかな傾斜が続いていました。

坂道は途中で、ほとんど平らな道路になりました。

坂の途中に円福寺というお寺があります。藩政時代、円福寺の門前には仙台城の南東部を防護するために足軽が住んでいたそうです。石名坂の名前の由来は、江戸の吉原で有名な花魁だった石名がこのあたりの出身だったために名付けられました。

石名の墓石が円福寺にあるそうなので行ってみましょう。円福寺は古いお寺ですが、門や本堂は新しく作られたもののようですね。

門から本堂へ行く途中の左側に石碑や灯篭のようなものがたくさん並んでいました。

そのなかに「花魁石名太夫之碑」と書かれたものがありました。円福寺には石名の供養のために吉原の遊女や楼主たちが奉納した600巻の大般若教が保存されているそうです。仙台七坂は人物の名前から名づけられた坂が3ヵ所もあるんですね。

石名坂に戻って更に北へと行くと、再び上り坂になってきました。

石名坂の北端は丁字路になっていましたが、この先も左に行けば上り坂で右へ曲がれば下り坂になっています。現在、石名坂という地名は、この付近一帯の住所になっているんですね。
次回は仙台七坂を巡る最後の「藤ヶ坂」です。

※参考文献

佐々久「仙台あちらこちら」宝文堂

※参考資料

若林区「町名に見る城下町」仙台市公式ホームページ

若林区「寺めぐり、荒町・河原町あたり」仙台市公式ホームページ




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