街探検・仙台七坂を巡る・その5、茂市ヶ坂

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仙台七坂を巡る5回目は「茂市ヶ坂」です。現在の広瀬通は戦後に作られた道路ですが、「パレスへいあん」のあたりは藩政時代からの道路「元寺小路」が通っていました。茂市ヶ坂は元寺小路から北へと上る坂で、今はパレスへいあんの結婚式を挙げる教会の東側の一方通行の道路になっています。

茂市ヶ坂の南東角に辻標が立っていました。広瀬通に向いた南面に「元寺小路」、西面に「茂市ヶ坂」と刻まれています。

茂市ヶ坂へ行ってみましょう。パレスへいあんの横の道路は、あまり傾斜を感じませんね。

裏通りの交差点を越えたあたりから、はっきり上り坂とわかるようになってきました。

茂市ヶ坂という名前の由来は、ここに茂市という人物が住んでいたからだそうです。茂市という人物について詳しいことはわかっていませんが、坂には藩の御用職人が住んでいたので職人の一人ではないかという説があります。

広瀬通のほうを振り返って撮影。
茂市は目が不自由だったという説が有力なようですが、坂の名前になるほどのエピソードがあったのか、ただ住んでいたから坂の名前になっただけなのか等、不明なことが多いようですね。

ホテル東横イン西口広瀬通を過ぎると、左側にあったビルがなくなっていて東北電力本店ビル「エナジースクエア」が聳え立っているのが見えるようになっていました。古いビルは取り壊されて跡地が駐車場になっていました。

振り返って撮影。
以前はビルの影で暗い雰囲気の茂市ヶ坂でしたが、日差しが降り注ぐ明るい坂になっていました。駐車場の今後の再開発も気になるところです。

茂市ヶ坂の北の端が見えてきました。この先は駅前通と合流し花京院通と交差して坂は終わります。

花京院交差点の手前から南側を振り返って見ると、左側に駅前通、右側に茂市ヶ坂が見えます。広い駅前通は市電を通す時に茂市ヶ坂と末無掃部丁との間に新たに作られた道路で、藩政時代にはありませんでした。今や駅前通がメインストリートで茂市ヶ坂は裏道になってしまいましたが、中心部への近道として利用する歩行者は多いようです。

茂市ヶ坂を北側から撮影。
仙台七坂を巡る6回目の次回は「石名坂」を見ていきたいと思います。

※参考文献

佐々久「仙台あちらこちら」宝文堂
古田義弘「仙台城下の町名由来と町割」本の森